絶対の悪/映画「ノーカントリー」
今年のアカデミー賞作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞を受賞した、コーエン兄弟監督の傑作です。

砂漠の真ん中で狩りをしていたモスは、偶然大量のヘロインと200万ドルの入った鞄を見つける。
周りには数体の死体が転がっている。仲間割れで生じた惨劇のようだ。
鞄をもって逃げたモスを追うために雇われた殺し屋シガー。
まず、金を自分の物にするためにその雇い主を殺し、
その後も自分の前に立ちはだかる者を屠畜用スタンガンで容赦なく抹殺していく。
そして、その事件を担当したベル保安官が、モスの身柄と殺し屋シガーを捕らえるため2人を追う。
こうして、アメリカとメキシコの国境を挟んで3人の追跡劇が展開していく。
自我の為に無差別の殺戮を繰り返す男の姿は、人間の良心や信仰の不在を描き、後味が悪いものですが、
感情を廃したクールな映像と、3人の男たちの魅力ある演技がそれを救っています。
まったく音楽がなく、かわりに、スタンガンの引き金音や発射音、追いかける靴音や、
車の摩擦音がリアルに響き、観客を緊張感と恐怖で包み込んでいく演出も見事です。
また、絶対悪の象徴のような殺人鬼シガーが、ただ強靱なだけではなく、
返り血を浴びるようにいつも負傷し、その都度自分で身体を治療する場面などは、
ある種のユーモアを感じさせる、コーエン兄弟監督の真骨頂だと思います。
原題は「no country for old men」で、
「ここはもはや、老保安官が信じた正義が存在する国ではない。」という意味があります。
ラストは、解決できないベル保安官の諦念にも似たつぶやきで終わっています。
先日は、映画よりもリアルな通り魔事件が起きてしまいました。
もはや理解の外にある現実を、自分自身にどう納得付けるか、いまだに解りません。
(画像はパンフレットより借用しました。)