1500人の入場者/映画「靖国」

話題の映画「靖国」見てきました。

普通の映画館で見られなかったのが不満でしたが、

主催者の話によると延べ1500人ほどの入場者があったとか。

予想以上のビッグヒットになったのではないでしょうか。

静岡で見ることが出来て大変よかったと思います。



以下、この映画から(のみ)感じた私なりの感想、旨くまとめられないので箇条書きです。

・やじうまの異様な多さに驚きました。

   8月15日の靖国神社の場面をみると、なにかショーを見ている感じですね。

   軍服に身を包んだ仮装行列のようだし、いろいろなハプニングが起きるし。

   驚いたのは、それを期待している第三者(やじうま)の多いこと。

   そして、その中にはこの映画を見ている私も含まれること。

   好奇心は悪いことではないと思うけれど、へたをすると秋葉原事件のように

   「人の不幸を楽しむ」ことになりかねない。

   そういう怖さと後ろめたさを感じました。

・人間は純粋にみえる物、事に弱い。

   刀をご神体とした靖国ストーリーはよく理解できました。

   神聖な刀を持って戦場に送ることで、本人を神の使いと錯覚させるのでしょうか。

   武士道→切腹→特攻隊→百人切り の構図が見えてきます。

   英霊として祀られることも人の心を純化させるのでしょうね。

   倒錯のような気もしますが、当人や遺族でない私には解りません。

 

・簡単なことが難しくなる権威。

   台湾人が英霊として祀られることを拒否する論理は解ります。

   宗教家が父親の名を消して欲しいと訴える話にもとても共感します。

   名前を抜くことなんて簡単と思うけれど、権威はそうさせないのでしょうね。

儒教の思想が底に流れている。

   祖先を大事にする儒教の教え。

   死んだ人に罪はありませんという気持ち。

   文武を学んで人の上に立つことをよしとする考え。

   一国の代表者が、「参拝を非難する人の気持ちが分かりません。」というのは軽率ですよね。

   為政者(権力を持った人)は多様な民の心を理解する努力が大事なのではないでしょうか。

   これは「日本」がということでなく、「中国」や、「韓国」でも同じ事だと思います。

以上、この映画は日本人では語りにくい靖国神社を誠実に描き出している、と思いました。

不快な表現があったらご容赦下さい。