とろみの湯・奈良田温泉「白根館」

静岡から山梨に抜ける52号線を走り続けること1時間半。 下部温泉口から、温泉方向と反対に別れてさらに40分。 早川沿いを北に向かって走り、そのどん詰まりにある「奈良田温泉」。 若い頃に、白根三山(北岳間ノ岳農鳥岳)を縦走した時の、最終点が奈良田だった。 その頃は、そこにこんなに素晴らしい温泉がある事は知らなかった。 とにかく山の合間で、見晴らしも良くはなく、ただダムがあるだけ。 が、特に観光地でもない所に沸く温泉は、知る人ぞ知る、他に比較がないほど絶品の湯の質。 昨年の冬行った時の温泉の味が忘れられず、今年も日帰り湯を楽しみました。


車から降りると、まずは硫黄の香りが鼻にツーンとくる「白根館」の入り口。 「日本秘湯を守る会」の提灯のある玄関をぬけ、番台のようなフロントで入浴料1000円を払う。 囲炉裏のある休憩所を抜け、外に出て風呂場に向かう。 ひのきの内風呂。岩作りの露天風呂、ともに正月だというのに、人が一人しかいない。 程よい熱さの湯に入って、すぐ分かるのが、お湯がもったりしていること。 体に粘り着くような湯で、ゼリーを薄くしたような風呂に入っているよう。 足や、腰にふれると、何か幕が出来ているようなとろみ感があり、不思議でしかたがない。


遠くに冬枯れの山肌を眺めての、ひなびた雰囲気の露天風呂は別世界だ。 次に入った隣の内風呂は、2槽に別れ、源泉からたっぷりお湯が溢れている。 外光が反射して、細かい湯ノ花が、透明な湯の中にただよっている。 この贅沢な湯が溢れる、ひのきの風呂を独り占めして1時間、すこしも飽きない。 体はサラサラになり、あちこちが湯の香りに満ちている。 硫黄の香りは夜まで残り、すべすべした皮膚感は翌日まで続いている。


温泉旅館を選ぶ基準は、さまざまです。 近くに観光地があるか、建物に見所があるか、料理がいいか、など。 しかし、この歳になると、湯の質がいいことに、一番心が惹かれます。 何もないこんな辺鄙な「奈良田温泉」は、お湯だけがごちそう。 それでも、何度も通いたくなる、極上の温泉地でした。