濁りなく真摯な歴史へのまなざし/映画「無言歌」
この映画を何人の人が観ただろう。
不純な感動の演出がごまんとあるなかで、
一点の濁りもない純粋さ、真摯さをもった作家の作品。
何よりも、見過ごすことがなくて良かった。
1960年。中国西部、ゴビ砂漠。
荒野に掘られた塹壕のような収容所に人々が囚われいている。
轟々と鳴る風と砂。食料はほとんどなく、水のような粥をすすり、
毎日の強制労働にただ泥のように疲れ果てて眠る。
かつて百花のごとく咲き誇った言葉は失われ、感情さえも失いかけた男達。
そこにある日、上海から一人の女性がやってくる。
愛する夫に逢いたいと、ひたすら願い、泣き叫ぶ女の声が、
男達のこころに変化をもたらす・・・・。
映画「無言歌」は、歴史の闇に葬られた中国毛沢東体制における「反右派闘争」の悲劇を、
中国の若手監督「王兵」(ワン・ピン)が映画化したものです。
厳しい自然と饑餓のなかで、朽ちていく男達。
死体や汚物にまみれた彼らの描写の彼方に青空と大地がピーンと張り詰めている。
風に舞う砂、光に浮かぶホコリさえも神々しい、この映画の豊かな映像の力。
夫を捜して幾多の土豪を掘り返し、泣き叫ぶ女。
病の恩師を背負い、闇夜に脱走を図る若き囚人。
声にならない彼らの生への思いがいとおしくてならない。
ワン・ピン監督は言っています。
歴史とはそれを記憶する人がいて、記憶してこそ歴史となりうると思う。
第三者の目を持って歴史というものを記憶し、歴史として残す。
その仕事をやり遂げたいと思っています。
それこそが過去に生きた人々、我々の先達に対する尊敬の念なのだと思います。
映画「無言歌」。私の生涯のベストテンに入れたい、希にみる傑作です。