身につまされる恋モドキ/映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」
歳を取るということは、うれしいことなのか、それとも悲しいことなのか。
まして「恋」というカテゴリーにおいて、老人は戸惑うばかりなのだろうか。
イランの巨匠A・キアロスタミ監督が、日本でこんなハイセンスな映画を作りました。
8/17、静岡サールナートホールにいて、映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」の
日本プレミア試写会が行われました。
この映画、静岡で撮影され、多くの市民エキストラが参加したようです。
eしずおかブログさんの招待があって、日本で一番にこの映画を見させて頂きました。
80歳を越え、現役を引退した元大学教授のタカシ(奥野匡)は、
亡妻にも似たひとりの若い女子大生明子(高梨臨)をデートクラブを通して家に呼ぶ。
整えられたダイニングテーブルにはタカシによって、
ワインと桜エビスープが準備されるが、まどろむ明子は手を付けようとしない。
明子はむしろ、彼女に会うために田舎から出てきた祖母を無視したことを後悔している。
翌朝、明子の大学まで車で送ったタカシの前に、婚約者を名乗る青年が現れる。
青年ノリアキ(加瀬亮)はタカシを明子の祖父と勘違いし、恋の告白を始める。
やがて明子が戻ってきて、車の中では嘘と勘違いの奇妙な会話が続いていく・・・。
会話の妙でなりたつ舞台劇のような、でも、刻々と変化する彼らの喜怒哀楽を、
克明にカメラが追っていく点では、映画ならではの味わい。
心のうつろいを、そのまま顔の表情や身体表現に映し出していく俳優の力は凄い。
特に老人タカシ役を演じた、奥野匡のうさんくさい演技には、ほとほと感心してしまった。
世間の評価が固まってくる老年期の人間にとって、自分の行動を素直に表せない。
「恋心」とて、純情な気持と不純な下心と区別を付けられない。
若い2人の相談役を装い演じている内に、とんでもない展開になっていく。
残り少ない人生となっても、決して衰えない「恋」への憧れと執着。
私たち団塊以上にとって、身につまされる「恋もどき」のお話しでした。
タイトル「like someone in love」は、エラ・フィッツジェラルドの名唱から。
最近、何となく星を見つめていたりする
ギターを聴きながら
まるで恋でもしているかのように
自分のしていることにときどき驚く
あなたがそばにいるときは特にね