り〜んりーんと友を呼ぶ。能「松虫」
新宿展示会の終了後、すぐに国立能楽堂へ向かった。
珍しい能があるからという、妻の勧めで。
10月定期能 観世流「松虫」(シテ 岡久広)
酒売りの市へ男達がやって来て、酒を飲み交わす。
その内のひとりが「松虫が友を呼ぶ」という話をする。
昔、ここで二人の男が酒を飲み、その内一人が
松虫の音に惹かれ、野に入ったきり帰ってこない。
心配し、もう一人が探しに行くと、友は草の上で死んでいた。
嘆き悲しんだ男は、死をも一緒にと誓った如く、友の後を追い自害してしまう。
やがて夜が更けて、酒売りの前に亡霊が現れる。
先の話をした男は幽霊であることを語り、
昔の友との楽しかった日々を舞い謡う。
やがて夜が白む頃、虫の声を聞きながら男の亡霊は去っていく。
能には恋慕の執心を扱った作品は数多くあるが、
男同士の友情と思慕をテーマとしたものは「松虫」しか見あたらない。
古今集に以下のような歌があり、そのイメージが能として考案されたようだ。
「秋の野に 人松虫の声すなり 我かと行きて いざ弔わん」
それにしても後半の男の亡霊の舞は緩急自在で、二人の想い出の日々が披露される。
その侘びしく淋しいながらも、濃厚な感情が表れる様は、
男女の恋慕とはまた違った、独特の雰囲気を持っていた。
決して大作ではないけれど、この季節になると思い出す能のひとつだろう。
すはや難波の明け方の あさまにもなりぬべし♪
さらば友よ名残の袖を 招く尾花のほのかに見えし 跡絶えて♪
草茫々たる朝の原に 草茫々たる朝の原に♪
虫の音ばかりや残るらん 虫の音ばかりや残るらん♪
(なお、当時の「松虫」とは現在の「鈴虫」のことです。)