貧 困

パソコンわかばクラブのブログを覗いたら、「今日はBlog Action Day」であることが載っていた。 世界中のブロガーが、年に一度、同じ日に同じ話題について取り上げ、議論する。 今年のテーマは 貧 困 。 同じ話題をNHK・FMからも聞いた。 昨年から始まったブログアクション。 昨年のテーマは 環 境 だったそうだ。


私にとってブログの存在意義は、自分にとって大切なことを残しておくツールだと思うから、 急で考えがまとまらないけれど、何とかこの 貧 困 を取り上げたかった。 自分が生まれてから今まで、食べられないことは一度もない。 だから、この時代に生まれ、この国、この場所で育ったことを感謝しなければならない。 たぶん、自分にとって情報がなかった時はそんなこと思いもしなかったろう。 先日見た映画「闇の子供たち」では、 子供を売って、そのお金で、テレビと洗濯機を買う親が描かれていた。 この日本でも、食べ物を求めて、コンビニのゴミ箱を漁る青年を描いたドキュメンタリーがあった。 饑餓で亡くなる家族のニュースがあり、身近なところにホームレスの姿を見る。 食べられないということは、結局人間であることを否定されることでしょう。 奴隷は物であり、人間でないと見なしていた時代があったが、 幸い、いまは多くの人が豊かさと貧しさを人間の問題としてとらえ、考えている。 けれど、豊かになった国は貧困になることを恐れ、絶対に富を手放さない。 豊かになった人はバリアを作り、貧しさから目を背けようとする。 貧しい国は貧しい国の中で、貧しい人の中で富の奪い合いがある。 「ご飯粒を残すと目がつぶれる。」 「お天道様が見ているから、悪いことは出来ない。」 子供の頃、よく言われた。 それが最低限の自戒作用になっていると思う。 今、私たちは貧困の解決に何をしたらいいか。 なんの取り柄もない自分にとって、ささやかだけれど、 Blog Action Dayはそれを考える日になった。