ウナギとかき氷で暑気払い

娘の誕生日に、はたまた暑気払いに、
ウナギとかき氷の組み合わせ(食い合わせ)?

 

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娘が休みで帰省したので、母妻娘私と4人で1年ぶりの「鰻の満喜多」へ。
ここの、ふわっとした鰻の身の柔らかさと、
口に残らないほどよいたれの品の良さ。
ゆば入り肝吸いと香の物も丁寧に調理されている。

高級料理になってしまい庶民には手がどかない鰻重。
来てから裁くので30分以上待たされるけれど、
1年に一度でいいから最上の鰻を食べたい。
そんな要望に今年も満喜多は応えてくれました。

 

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満喜多の帰りに立ち寄った「やきいも末永」。
たこ焼きの「横山」なき後、庶民派駄菓子や風かき氷はここかな。
一点の曇りもない透明な氷を自動かき氷機でシャッシャッシャッ。
うす〜いピンクのイチゴシロップ(180円)
練乳ミルク入りの甘露ミルク(220円)
中にあずきが詰まった真っ白氷あずき(240円)

氷のざらつきが無く、口に入るとふわっと溶ける。
シロップも甘すぎず、こちらも口に残らない。
冷たすぎない氷をかくと綿のような氷が出来、頭にキーンとこないそうです。
妻も母も「到底全部は食べられない。」と言っていたのに、
美事に三カップ、カラになりました。

 

多くのお客はとれない、ウナギの名店「満喜多」と
短い期間のかき氷が地元で人気の、やきいも「末永」。
静岡の知る人ぞ知るところの、なくなって欲しくないお店です。

夏休み、こんな本を読みました。

夏休み、こんな本を読みました。
岡本純子「世界一孤独な日本のオジサン」(角川新書)

 

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恐ろしいタイトルとは裏腹に、
まさにコミュ力溢れる、女性ならではの
データを並べたおしゃべりでいっぱいです。

前半は、世界のオジサンに孤独病が蔓延している事を報告。
中でも日本のオジサンは世界一の孤独病患者と
不安を振りまいてくるので余計に病状が悪化しそう 。

後半は、その処方箋とコミュ力体操で孤独を吹き飛ばそうと提案。
老後の必須は「カネ (たくわえ)・コネ(つながり)・ネタ(いきがい)」
挨拶して、褒めて、人の話を聞いて、笑顔を絶やさず、感謝する。
そして鎧を脱いで立場主義から降りることを実践しよう。

深刻な内外データの横並びから、ハウツーモノになって行く
少々軽いノリにも思える話の推移。

でも、こういう簡単そうな訓練が、我々オジサンには
なかなか出来ない、いや、やらないんですね。
もちろん、そうです! 努力してこその楽しい人生。
そこは著者の見解に大賛成です。

ただ、真の孤独はその先のような気もする。
連れ添いや友人に先立たれ、
認知症、ガンなど深刻な成人病が襲って来たら・・・。

そのへんは著者の続編に期待したい所です。

春宵一刻値千金

 春宵一刻値千金     (しゅんしょういっこく、あたいせんきん)
 花有清香月有陰     (はなにせいかあり、つきにかげあり)
 歌管樓臺聲細細     (かかんのろうだい、こえさいさい)
 鞦韆院落夜沈沈     (しゅうせんいんらく、よるちんちん)

 

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春の夜の一刻は千金に値する
清らかな花の香りとおぼろげな月
歌と管弦を奏でていた楼台も今はひっそりとしている
鞦韆(ぶらんこ)のある中庭に少女たちの姿はなく夜はひっそりと更けててゆく

中国宋代の詩人・蘇軾作「春宵」の超有名な詩ですね。
今、まさにその時、心が躍る季節になってきました。



能「田村」の謡いの中でも、この漢詩が謡われます。


 シテ・ワキ ♪春宵一刻価千金。花に清香。月に影。

 シテ    ♪げに千金にも。かへしとは。今此時かや。
 地謡    ♪あらあら面白の地主の花の景色やな。
       桜の木の間に漏る月の。
       雪もふる夜嵐の。
       誘ふ花とつれて散るや心なるらん。


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昨年の春、岡諷会にて能の謡い「田村」のシテを謡わせて頂きました。
今年は能「田村」の仕舞に挑戦します。
数少ない勝ち修羅の名曲です。

朧月夜を詠う 樋口一葉

おもふこと 
    少し洩らさむ友もがな 
       
うかれてみたき朧月夜に

 

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「朧月夜に浮き立つように、恋心を少しだけ話せる友がほしい。」

二十四歳で没した樋口一葉が、死の前年に作った歌だそうです。
日経新聞の夕刊<耳を澄ましてあの歌この句>に解説がありました。

文筆家として家族を養う貧しい生活のなか、一葉に真の友人はいなかった。
世間にも、恋しい人にも肩肘を張ってきた一葉が、春のあまい月夜に、
ほんの少し酔わされた瞬間があったのだろう。
このコラムの担当者、歌人の佐伯裕子さんは述べています。

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3月末の満月(ブルームーン)が過ぎて4月は十六夜(いざよい)の月に。
桜も満開(フルブロッサム)から、はらはらと散り始めた春の宵。


天才にも凡人にも、貧しくても病んでいても、春はやさしく語りかけています。

 

 

オセローの思い出

シェイクスピア原作のオセロをSPACが公演した
宮城聡演出「オセロー」を観劇して、
思い出したこと・・・。


その1 

20代のころ、中央公論社から世界の文学という
ハードカバーの豪華本シリーズをいくつか購入した。
その第一巻がシェークスピアだった。

ハムレット」や「夏の世の夢」と共に
「オセロ」が収録されてあり、読んだ記憶がある。

老眼鏡でも目が疲れそうな小さな字で、
再読する気にはならないが・・・。

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その2

10代の学生の頃から映画好きだった私は、
ローレンス・オリビエが主演した映画「オセロ」も観た。

「静岡映画物語」の資料によると、1966年9月、
今はない七間町の「ミラノ」で公開された。

ナショナル・シアターの舞台をもとに映画化した作品で、
あくまでもオリビエのオセロが圧倒的なドラマだったと思う。

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その3

圧巻の「オセロ」体験は30代の時。
NHKホールで観たベルディ作曲の「オテロ」。
1989年にミラノ・スカラ座が初来日して、大枚はたいて東京まで行った。

オテロは黄金期のテノールプラチド・ドミンゴ
指揮はあのカリスマ指揮者、カルロス・クライバー

バーンと爆発音のようなフォルテッシモで始まる最強のイタリアオペラ。
勇者オテロが次第に自分のコンプレックスと嫉妬でタガが外れて
破滅へと向かっていく次第が、輝くばかりの音の競演で表されている。

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夢幻能が新しく蘇ったSPACの「オセロー」を観て。

シェイクスピア原作のオセロを夢幻能というスタイルで
SPACが公演した舞台を楽しみました。
能舞台のような装置、さらに
デスデモーナを主人公にした斬新な解釈の演劇でした。


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能の形式で言うと、
 シテ  「デスデモーナ」
 ワキ  「旅の僧」
 シテツレ「3人の女」

主人公のオセロやイヤーゴ、キャシオーetcは
能では中入り後の狂言が物語を説明する場面に、
寸劇のような形でそれぞれ俳優が演じる。

後場は旅の僧の夢の中に
デスデモーナの霊が現れ、
オセロと自分の最後を語る。

能にはよくある一人二役形式だが、
ここでもデスデモーナであるシテが
小道具を使ってオセロをも演じる。

囃子方も笛と打楽器(この場合、鼓はなくパーカッション)で
ワキツレの女優さんが加わる。

オセロのストーリーは知っているので、
むしろ能と現代演劇との絡め方がどうなっているのか。
そんなことばかり気になって、
能に詳しい妻に、いろいろ確認してしまった。

 

疑問?
 1 .能舞台の背面にある「松」をどうとらえたのか?
 2 ワキ(男の僧)を女優さんが演じたのはなぜか?

 

能ではないから大したことではないかもしれないが、
演劇素人としては少々気になったところ。
パンフレットにも触れてなかったので、聞いてみたい。

 

人生最良の日

facebookをscrollしていたら、ある文章講座の記事が目に留まった。
ブログを始めて物を書く楽しさを知るようになった私は、
興味を惹かれたので、続いてその詳細をtapした。

「スノドカフェ文章講座」 
 ーうたの系譜を探る・北原白秋

講師は〇〇あきを氏。
国語の先生、中学教師歴38年、柔道七段・・・・。
ずっと案内を読んでいくうちに、あれ?ひょっとしてこの方、あの人なんじゃないか?

△△秋男先生。
私が中学2年の時のクラス担任の先生。
その年にわが母校末広中学へ赴任していらっしゃった。
国語が専門で、柔道のクラブ顧問となった20代前半の若い教師だった。
その後結婚されて苗字が〇〇に変わったのは覚えている。

すぐに会場のスノドカフェへ電話した。
私の想像していた方とほとんど同じだったけれど、
私と同じくらいという、ただ年齢だけが違っていた。

まあ、違っていたとしても文章を勉強したい気持ちはあったから、
申し込みをして、さっそくその夜出かけて行った。
ドアを明け、案内されていった奥の正面にその人はいた。

「杉山よしたか君!」
開口一番その人は言った。

いやぁ、覚えていてくれたんだ。
私はどちらかというと優等生タイプで勉強の事しか頭になかった
付き合いの悪い生徒だったから、たぶん、記憶にないだろうな、
と思っていたのに・・・・。

 

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今でも思い出す。
若く溌溂として、目と声が大きくて、なによりも柔道着の先生はカッコよかった。
勉強を教えるというより、友達みたいにどんどん生徒の中に入ってきた。

50数年ぶりに再会した先生は私と同じようにさすがにお年を召されたけれど、
退職された今でも現代国語の分野で社会人向けに文章講座を続けていらっしゃる。

それからは、今日のテーマ「北原白秋の童謡」について、色々お話し下さり
私たち参加者は最後に作文を書く宿題を頂き、それを皆で発表し合った。
時々先生と、中学の思い出話をしながら。

老いて、まったくの偶然に懐かしい恩師に出会えるなんて・・・。
大袈裟だけれど、こんな日が人生最良の日なんじゃないかと
思えて仕方なかった。

いずれにしても、この先先生に文章を教えて頂くという楽しみが増えた。
さあ、これから益々書いて行くぞ!