平成時代に私が観た映画ベスト3
平成から令和へ変わる今、私にとっては
還暦から古希へ程の感慨は無いけれど、
まあ、区切りの一例として好きな映画の話を。
誠実であるがゆえに、時代に翻弄され取り残されていく
男たちを描いた、忘れられない3本の傑作です。
(公開年代順)
イギリス映画「日の名残り」ジェームズ・アイボリー監督
アメリカ映画「ブロークバック・マウンテン」アン・リー監督
中国映画「無言歌」ワン・ピン監督
(1994年公開) イギリス映画「日の名残り」ジェームズ・アイボリー監督
品格ある執事の道を追求、誇りとしているスティーブンスは短い旅に出た。
離職した女中頭に、主の変わった屋敷に戻って、働いてもらうために。
美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよみがえる。
長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鏡だった亡き父。
二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々。
その中にあって、芽生えた女中頭ケントンとの秘めた恋と別れ。
後悔をも偽りの中に押し殺してしまう。ストイックな男の悲哀。
映画は失われ行く伝統的な英国を交差させて描いていく。
執事を演じたアンソニー・ホプキンスと、女中頭のエマ・トンプソンの名演技。
戦時中の奥深いイングランドの風景と建物を見事に捉えたキャメラ。
小説と同じように、淡々ときめ細やかに語りかける物語展開。
DVDで、何度も何度も見直した我が生涯の映画となっている。
そして、最近本を手に入れ、カズオ・イシグロの原作を読み始めた。
プロローグ、一日目、二日目・・・六日目と
章を追って男のモノローグが続いていく。
一緒に映画を見た妻は、こういう偽りの姿を持った男には否定的だった。
でも、こうでしか自分を肯定できない、孤独で哀れな男の生涯を、
私は共感と憧憬をもって読み続けている。
(2006年公開) アメリカ映画「ブロークバック・マウンテン」アン・リー監督
犯罪者とか障害者とか同性愛者など、
マイノリティを語るのはとても難しいと思う。
在日の姜尚中さんは人権関係のインタビューで
「マイノリティにとって最大の苦痛は、絶えず自分が何者であるかを、
自分自身にも社会に対しても、明らかにしなければならないという
プレッシャーにさらされていること。
そしてその差別が固定概念化し、自身の可能性までも奪ってしまう。」
と述べています。
主人公のイニスも自己を肯定出来ず、偽りの中で周りの人間を不幸にしていく。
最後、すべてを失った彼はブロークバック・マウンテンでの
若き日々のジャックとの思い出のみが残される。
そして、それが唯一彼が生きていく糧になるのだけれど・・・。
どんな人間も、マジョリティとマイノリティの部分をもっている。
そのため、鎧を身に付け、武装して、
社会人として生きて行かざるを得ない場合がある。
映画の男たちは、自衛し、自分たちの人生を守ることすら出来なかった。
しかし、そういう男たちの生きざまが、
愚かで、痛ましくも、いさぎよく思えてしかたがない。
この映画のもう一つの魅力は、豊かでやさしく、
悲しいまでに美しい自然の描き方です。
私が若い頃好きだった「ファイブ・イージー・ピーセス」など、
アメリカンニューシネマを思わせるタッチです。
どこまでも透明でうつろな、空と月。
カウボーイの愛を育む、山と水。
そして別れを予感させる、雪と風。
孤独な男たちの叫びを、自然が無言の言葉で雄弁に私たちに語りかけています。
原作本も読み、DVDも繰り返し観た、生涯のベストワンともいうべき映画。
(2011年公開) 中国映画「無言歌」ワン・ピン監督
1960年。中国西部、ゴビ砂漠。
荒野に掘られた塹壕のような収容所に人々が囚われいている。
轟々と鳴る風と砂。食料はほとんどなく、水のような粥をすすり、
毎日の強制労働にただ泥のように疲れ果てて眠る。
かつて百花のごとく咲き誇った言葉は失われ、感情さえも失いかけた男達。
そこにある日、上海から一人の女性がやってくる。
愛する夫に逢いたいと、ひたすら願い、泣き叫ぶ女の声が、
男達のこころに変化をもたらす・・・・。
映画「無言歌」は、歴史の闇に葬られた
中国毛沢東体制における「反右派闘争」の悲劇を、
中国の若手監督「王兵」(ワン・ピン)が映画化したものです。
厳しい自然と饑餓のなかで、朽ちていく男達。
死体や汚物にまみれた彼らの描写の彼方に青空と大地がピーンと張り詰めている。
風に舞う砂、光に浮かぶホコリさえも神々しい、この映画の豊かな映像の力。
夫を捜して幾多の土豪を掘り返し、泣き叫ぶ女。
病の恩師を背負い、闇夜に脱走を図る若き囚人。
声にならない彼らの生への思いがいとおしくてならない。
ワン・ピン監督は言っています。
歴史とはそれを記憶する人がいて、記憶してこそ歴史となりうると思う。
第三者の目を持って歴史というものを記憶し、歴史として残す。
その仕事をやり遂げたいと思っています。
それこそが過去に生きた人々、我々の先達に対する尊敬の念なのだと思います。
映画「無言歌」。私の生涯のベストテンに入れたい、希にみる傑作です。